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東京高等裁判所 昭和31年(う)3133号 判決 1957年2月27日

控訴人 弁護人 田中浩二

被告人 木戸秀万

検察官 長谷多郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人田中浩二作成の控訴趣意書のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

論旨第一点について、

本件犯罪は被告人が東京都内において入手した米軍票三百四十六弗五仙を所持しながら、これを所定の手続により大蔵大臣の指定した日本銀行へ遅滞なく寄託しなかつたといういわゆる不作為犯であつて、被告人が単に右軍票を所持していたといういわゆる所持罪でないことは所論のとおりである。しかし被告人が入手した右軍票を所持しながら所定の手続により大蔵大臣の指定した日本銀行へ遅滞なく寄託しなかつたこと換言すれば被告人が遅滞なく寄託せずに所持していたことが法律の定めた義務に違反することになるのであるから、被告人が寄託せず所持していた右軍票は結局寄託しなかつたという不作為犯を組成したものに外ならないのである。故に原判決が刑法第十九条第一項第一号により右軍票を没収したのは正当であつて論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

田中弁護人の控訴趣意

第一点原判決が本件軍票につき刑法第十九条第一項第一号を以て没収した裁判は法令の適用を誤つた違法があり、之が判決に影響を及ぼすべき事明らかであるから原判決はこの点破棄さるべきである。

即ち、本件犯罪の構成要件を限定する外国為替及び外国貿易管理法第二十一条、並びにその委任命令に基く昭和二十七年政令第百二十七号第四条は法定の除外者に非ざる者は「前記管理法による義務免除」がなく従つて………「収受又は所持する軍票を大蔵省令で定める手続により遅滞なく日本銀行に寄託しなければならない」ことを明記している処で、之が私人に対し一定の作為義務(寄託義務)を命じ右義務違反の所為に対して処罰される所謂真正不作為犯であり、軍票の所持それ自体は何等犯罪構成要件に該当しない前法律的事実関係に過ぎず従つてそれが所持自体を罰するというものではない。

よつてこれをみるに「銃砲刀剣類等所持取締令」による銃砲刀剣の所持それ自体「覚醒剤所持取締令」による覚醒剤の所持それ自体犯罪構成要件該当として処罰の対象とする物件においては刑法第十九条第一項第一号に「犯罪行為を組成した物」として、之が没収の対象となり得る処であるが本件犯罪型態においてはもとより「軍票の所持」自体を処罰の対象とするものではなく、之が法定の方法で寄託しない所為を処罰するものであるから本件軍票が「犯罪行為を組成した物」に該当しないと云うべきである。

よつて之が本件軍票につき刑法第十九条第一項第一号を以て没収した事は法令の適用を誤つた違法であり、之が判決に影響を及ぼすべき事明らかであるから原判決は破棄さるべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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